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月島にて

用事があって、週末 勝どきに住む孫達を訪ねて、東京へ小旅行。
目覚めの早い私は、早速 朝の月島 散策です。
商店街の路地はいつ見ても、手入れがゆきとどき、住み人のこころが感じられます。
少しずつ 開き始めた店々から、両隣 前の人とのいつもの会話が心地よく聞こえてきます。

2010.10.16 月島 路地1

古物屋さん前の自転車 欲しくてしばらく眺めていました。

2010.10.16 月島 アンティック 自転車

どの細い路地も、気持のよい風が吹きわたっています。

2010.10.16 月島 路地2

月島商店街を抜けて、晴海通りにでると、向かいにビル群に囲まれた
月島第2小学校が毅然とたっています。
いつ訪れても、この街の人の流れと子供の多い事にびっくりします。
特に子供を自転車に乗っけている、元気なお母さんが多い事。
住みやすいのでしょうね。

20101.10.16 月島第2小学校

その小学校の横に頑張っている古い家がありました。
時代の流れには逆らえないのでしょうが、すこしさびしい事

2010.10.16 月島 古い民家

目を少し、写すと高層ビル群 この地区の発展はめざましいものがあります。

20101.10.16 月島 ビル群

住まいのある、ビルの22階から眺める清澄通りの夜景は美しい。

2010.10.16 月島 夜景
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2010年夏の旅 コルティーナにて アルプスへ

この夏の旅フィナーレは 北イタリア コルティーナの地でアルプスへ挑戦。
10年ほど前は少し山登りを楽しみましたが、昨今は全くその機会がありません。
マルワが用意してくれた用具で身支度をし、さ~山へ。

リフトに乗り7合目(?)近くまで行きました。

2010.8.21 コルティーナ リフト

そこで腹ごしらえ、山頂近くですから簡単なランチかと思いましたら
さすが イタリア 生ハム 美味しいチーズ ワインがでました。

私は久しぶりの山とあって、緊張し 少しいただきましたが ここに残った
男性達はゆっくり山のランチを楽しんだようです。

2010.8.21コルティーナ ランチ


ここコルティーナで見る山々は、イメージする険しいアルプスと違って
おおらかな 取り付きやすさというか親しみを感じさせます。
無事Mt.NAVOLAU 2,575mの頂上に着きました。

2010.8.21 コルティーナ Navolau

下山して見上げると、今登ったMt.NAVOLAU頂上の山小屋が小さく見えました。

2010.8.21 コルティーナ 山頂

2010年夏の旅  北イタリア  コルティーナ

そろそろ2010年夏の旅も終盤です。
ウィーンからザルッツブルグ・クレモスを巡って北イタリア Cortinaコルティーナに
着きました。
ここはアルプス山脈の真ん中、イタリア人の最もあこがれのリゾート地です。
常にはフィレンツェに住み、夏の3ヶ月だけここで過ごす、マルワとウイリアム夫妻の
家に着きました。
以前からお誘いをいただいてました、彼らの夏の家で数日お世話になります。

雄大なアルプス山脈に囲まれ、その裾野に点在する家々は、チロル風な木造が多く
垣根のない風景は絵葉書のようです。


2010.8.20 コルティーナ 1

早朝にもう夏雲が広がり、日の出と共に山々がピンク色に染まり、刻々と変化していく様は、
真に雄大で、心が晴れ晴れとする素晴らしい眺めです。

2010.8.20 コルティーナ 2

お泊まり先のマルワの家には300年前のオリジナルの部屋がありました。
その部屋を私に用意して下さいました。


部屋の灯り

2010.8.20 コルティーナ 家 灯

天井の絵 
夜 ベットに入り、真上にあるこの絵に、不思議な安らぎ感じます。 

2010.8.20 コルティーナ 天井絵


壁面のしつらえ

2010.8.20 コルティーナ 壁面

キッチン
ダイニング共々天井が美しい。

2010.8.20 コルティーナ キッチン

落ち着いたダイニングルーム

2010.8.20 コルティーナ ダイニング

庭先の薪小屋。
私は小屋が好きで、私の家の小さな庭にも、畳3畳の小屋を建てましたが
この小屋も味があって且つ美しい。

2010.8.20 コルティーナ 小屋 1

早朝 一人で散歩に出かけたおり見つけました。
貝殻を張り付け、作った方の遊び心が見られるたのしい小屋です。
行く先々で、心ひかれる小屋を撮った写真が多くなりました。

2010.8.20 コルティーナ 小屋 2


翌日はマルワが用意をしてくれた、登山用具に身を包みアルプスに挑戦です。

2010年夏の旅  ウィーン ザルッツブルグ

ブダペストから南下し、ルーマニア国境に近いオロシャザからウィーンに移動です。

オロシャザでは、7ヶ国語くらい使える娘婿もお手上げでした。
街の食堂では孫娘がフライトポテトの絵を、ナプキンに書いてやっと出てきました。
勿論 ホテルではOKでしたが。
このオロシャザは又機会を見つけて書きます。

あこがれのウィーンに着きました。
お上りさんの私に付き合って、ホテルザッハのザッハトルテに向かって直行です。

2010.8.15 ウィーン ザッハトルテ

特に日本人のお客さんが多く、ラインを作って待っています。
このケーキとコーヒーで約10ユーロ これを高いと思うか安いと思うかは
人それぞれですが、毎朝イタリアのBARで1ユーロの美味しいカプティーノを楽しんでいる
私にとってはちょっと・・・・びっくり。5人で50ユーロでした。

ともあれ 満足したところで、市内観光です。
ザッハホテルから歩いて行けるゴシック様式のシュテファン大聖堂です。
ここでモーツアルトは結婚式をあげ又葬儀も営まれたそうです。

2010.8.15 ウィーン 教会 1


シュテファン大聖堂前やシェーンブルン宮殿前ににフィアカーと呼ばれる、2頭立ての辻馬車が
客待ちをしています。
現在の乗り手は観光客が主ですが、古来フィアカーの御者は口の堅さに定評があり、
その昔はなにやらの密会には欠かせないものだったとか、聞きました。
緑の多いウィーンの街をゆっくり走っている、馬車は一幅の絵のようです。

凛々しい女性の御者 

2010.8.15 ウィーン ファイカー 女性

男性の御者

2010.8.16 ウィーン ファイカー 男性

翌日はベルベデーレ宮殿で、クリムトの接吻シーレの絵を
あまりにも真近でみて、不思議な感激を覚えました。

豪華なバロックのシェーンブルン宮殿で。

この宮殿をこよなく愛したマリアテレジア女帝やその御前で演奏をした
6歳のモーツアルト、その演奏を聴いていたマリーアントワネット
更に、この宮殿で誕生して、死去したフランツヨーゼフ1世 絶世の美女エリザベス皇后
世界史の変遷に大きくかかわった、人物・出来事をここで多く見て、感じる事が出来ます。
宮殿の各部屋をめぐると、当時の息遣いが聞こえてくるようでした。


さあ~ 夕食です。

2010.8.15 ウィーン 料理 1


小皿のポテトサラダが少し酸っぱくて美味しい。

2010.8.15ウィーン 料理3

ハンガリーで食べた肉の煮込みを思い出しました。
ひと時同じ国であった歴史もあるのですから。

2010.8.16ウィーン料理2

美味しく美味しくいただきました。



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